【無料Web小説】 寿代の萎びたメディアクリエーター

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気が付いたら七十歳を過ぎていた。寿代はただそう思った。最近、何度もそう思うことがある。だって本当にそうだから。気が付いたら寿代は七十歳を過ぎていたのだ。

 

寿代は規模の大きくない農家の三女として生まれた。実家は決して裕福ではなかったので高校を卒業してから親に言われるままに集団就職で東京に来た。紹介されるがままに葛飾のナットを作る工場の事務員として楽しく過ごした。寿代はお世辞にも美人とは言えなかったが、愛嬌があって工場でもすぐ馴染んだ。工場を切り盛りする社長にもその奥さんにも、そして年上の工員たちにもかわいがってもらった。「ヒサちゃんヒサちゃん」と話しかけてくる彼らがが皆格好良く見えてドキドキした。馬券を浅草で買ったが外れただの、四つ木で映画を見ただのと世間話をする彼らを見ながら寿代は「私ももう少し大人になったら彼らと恋愛したりするのかしら」なんていう夢想に耽った。
しかし4年が過ぎて寿代がすっかり成熟する頃には社長の奥さんが持ってきた縁談であれよあれよと結婚が決まってしまった。社長夫人が紹介した男性はまじめな郵便局員で断る理由が見つからなかったのだ。寿代は自らの結婚を嬉しく思う反面、工員達に対してすこし後ろめたい後悔が残った。

夫は寿代と同い年でとても真面目で優しかった。葛飾の工員特有の荒々しさはなかったが、寿代にとって恋愛らしい恋愛は初めてだったので、誰かのために生きること事体が楽しくもあり、嬉しくもあった。結婚を機に工場は辞めてしまったけれども、子供ができるまでは寿代は働いた。世は高度成長期で、東京は夢と仕事に溢れていた。寿代もパートではあったがテープレコーダーを組み立てる仕事をした。25歳になり、寿代は妊娠を機に仕事を辞めた

そんな二人の娘はとっくに嫁に行ってしまった。旦那は5年前に少しの財産と家を残して心筋梗塞で死んだ。寿代は幸いにも呆けずに貯蓄と年金で生活できている。夫が死んだ際には保険金も十分に降りた。金に困ることもないし、すっかり大きくなった孫にもお年玉をあげられている。少し寂しいだけだが、寿代寿代なりに40年ぶりの一人暮らしを楽しんでいる。

しかし歳を取って困るのが、身体にガタが来たことだ。呼吸をしているだけでもどこかしら体が痛い。特に変形性関節症と診断された膝が痛む。命にかかわるような大病をしなかったのはありがたいが、体力もだいぶなくなった。今は若い頃のようには身体を自由に動かせない。腕や足、身体のパーツをしっかり一つずつ操縦しなくてはいけない。あまり気にしてはいないが、左耳も聞こえにくくなっていた。

そんな寿代の唯一の楽しみが近所にできた銭湯だった。銭湯と言ってもスーパー銭湯と呼ばれる類のもので、七種類の風呂にサウナが楽しめる。今の家に不満はないが、やはり風呂は広いに越したことはない。おまけに会員になると六十歳以上の高齢者は割引してくれる。かけ流しではないが、広く深い浴槽に浸かってると膝も癒えてくる気がする。「毎日行くとありがたみが無くなるから」と寿代は週に2回だけ、銭湯に行く。

 

この日も寿代はスーパー銭湯に向かった。タオルは借りると金がかかるので持参するが、シャンプーやボディソープは備え付けのものがある。自宅から歩いて十五分。散歩がてらゆっくりと向かう。多少膝は痛むが、お風呂の楽しみに比べたら屁でもない。

夕方でもスーパー銭湯は混んでいる。寿代は空いているロッカーを見つけて服を脱いだ。フェイスタオルで申し訳程度に陰部を隠して風呂場を歩く。
洗い場に腰をかけ、シャワーで髪を濡らしてシャンプーをする。コンディショナーが入っているタイプだ。洗い上がりは髪がバサバサになってしまうが気にしない。六十を超えてから白髪染めもしなくなった。もちろん、化粧もしないのでメイク落としもしない。顔は石鹸を泡立てて軽く洗うだけだ。

しかし体はそうはいかない。歳をとってから加齢臭だけは気をつけるようにしている。寿代はタオルにボディーソープを馴染ませて泡立て、染みの多い腕、貧相なデコルテ、更に脇と丁寧に洗っていく。そしてその機能を失って張りのなくなった、脂肪がただ雪崩れただけの乳房を洗う。一度、風呂場でつんのめって床に手をついて四つん這いの姿勢になったことがあるが、重力のままに垂れ下がる己の乳を見て天井からぶら下がった蠅取り紙のようだなと思ったことがある。しかしもう寿代の乳では蠅も寄ってこない。

 

それでも寿代は笑う。
「もういい。人生を十分に楽しんだ。あとは寿命のままに生きるだけよ。」

 

もう一度ポンプからボディソープを取り、タオルでお腹を洗う。太もも、膝、ふくらはぎ。足の指は一本一本しっかり洗った。そしてボディソープを手に取り、しっかりと泡立てて陰毛と大陰唇を優しく洗った。

若い頃に比べると大陰唇もすっかり委縮した。出産の時に大陰唇が色素沈着して一時期は恥ずかしく思っていたが、今はそれが更に土気色になり、そして加齢のせいでたるみ、古くなった薄切りの沢庵のようになってしまった。

「まあ、誰に見せるものでもないので」と寿代は全く気にしてはいない。夫の生前、五十前にセックスをした以降は大陰唇に奥に潜む寿代のメディアクリエーターを誰も使ってはいない。近所の永田さんのところのご夫婦は六十四歳でもセックスをしているという噂がある。肛門を洗いながら「あたし今でもセックスできるのかしら」と一瞬寿代は考えたが、ばかばかしくなってやめた。

 

「切り干し大根みたい」とクスクス笑う女たちの声が後ろから聞こえた。鏡越しに見てみると若い二人の女が明らかに寿代のことを笑っている。

鏡に身体を写して眺める。確かに痩せて全身に皺が寄っている。おまけに無数のシミが肩や腕に広がって、髪は白髪だ。なるほど、言われてみれば確かに切り干し大根だ。


「あたしにだって綺麗な時期はあったんだ。あんた達もあっという間にこうなるよ!」

心の中で寿代は悪態をついた。

「せっかくお風呂にきたのになんか嫌な気分」
心が晴れないまま、寿代は風呂を出た。暗い気持ちで帰り道を歩く。心なしか、膝の痛みも引いていない気がする。

 

喉が渇いたので寿代は自動販売機で烏龍茶を買った。取り出し口にペットボトルが落ちてくると、小さいモニターの中で数字が回転し始めた。「7777」と数字が点滅している。どうやら当たりが出たらしい。もう一本ジュースをくれるという。

 

寂しい老人への施しのつもりかい?
「バカにするんじゃないよ!」

頭に血が上って寿代は自動販売機を叩きつけたが、力が入らずにバンっという音だけが響いた。胸の奥が熱くなり、涙が込み上げてきて寿代は手で顔を覆う。

「あたしは幸せだよ」「あたしは十分自分の人生を謳歌したんだよ」

地面にしゃがみこんで自分自身に言い聞かせる。


「若い女なんて羨ましくない」「もう十分なんだ。もう十分なんだよ」

オウオウオウという寿代の大きな嗚咽だけが道端に響いた。

 

「本当にあたしは幸せだったのだろうか。なら何で今こんなにも寂しいのだろうか」
泣きながら寿代は自分自身に問うが答えは返ってくることがない。

 

「おばあちゃん大丈夫?」
若い男の声に驚いて寿代は顔をあげた。警察官が自転車から降りて駆け寄ってきた。

 

「すみません、もう大丈夫です」
寿代は驚きながら必死に弁解した。もうひたすら恥ずかしかった。

「いやぁ、良かった。近所の人が認知症のおばあちゃんが泣いているって通報があったんで」

警察は笑いながら言った。

 

「あたしは認知症ではありません!」
寿代はまたカッとなって叫んでしまった。あたしが認知症なわけあるもんか!バカにするのもいい加減にしろ!

 

「あたしは認知症ではありません!」
寿代は涙を流しながら必死に繰り返し叫ぶ。しかしその声は誰の心にも届かず、空しく夕闇に響くだけであった。<完>

 

 

トピック「メディアクリエイター」について

 

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