それでいいっしょ

ゲイHIPHOPライター鼎のブログ

さようなら 日芸所沢キャンパス

まとめサイトで日芸バスの落書きのことを知り、日芸の所沢キャンパスが廃校になることを知った。あたしは遥か十何年も前に日大芸術学部の文芸学科に在籍していて、この所沢キャンパスに2年通った。

 

日芸ありがとう所沢キャンパス

 

日芸を受けたきっかけは受験に失敗した挙句に焦って駆け込みで受験しただけだった。次々とmarchを落ちまくり、ふと日芸に憧れていたことを思い出して受けたら何故か受かってしまった。まあ、元々小説ばかり読んではいたけど。でも結果的に素晴らしい学生生活が送れたと思う。今でも日芸に行って良かったと思ってる。

 

でも憧れのキャンパスライフが始まってすぐに落胆したことは覚えている。どんな奇人が集まるんだろうって期待してたが、案外みんな普通だった。まあ、本当に奇人だったら進学という選択をしたりしないだろう。写真が好きな人、映画が好きな人、小説が好きな人、俳優になりたい人、映像ディレクターになりたい人、色んな人が集まっていただけだった。中には日大付属校の内部進学枠で来た人もいた。でもそれでよかった。

 

あたしは茨城から出てきたばかりの田舎者だったからそのすべてが刺激的だった。特に写真学科の子達とはすぐに仲良くなったんだけど、ビジュアル面のセンスに関しては本当にゼロだったから写真という文化を知って衝撃を受けた。
特に垢抜けた人は放送学科に多かったように感じる。広告代理店適性の強い人たちだ。あんまり接点はなかったけど、この人たちはどんなところで服を買うんだろうって聞きたくなるくらいおしゃれだった。茨城では決して培われることのなかった美的センスを学生時代、色々な人から吸収してゼロから構築したように思う。

 

その上で好きなことに打ち込めたのは本当に良かった。
所沢の校舎で作家について学び、文章の書き方について学び、それをゼミの中で見せ合ったりした。学費が高い割には教材費が安い分、講師が充実していたし、当時は最新だったマックのG5に触れたのも良い経験になった。ゼミで同人誌を好き勝手に作ったこともあった。
文芸学科の人は地味な人が多かった。でもいい子たちばかりだった。クセが強くて、それが良いところでもあったし、時に距離を置いたこともあった。でも今も繋がりがある人たちもいる。文筆業に進んだ人はわずかだったけど、その繋がりは今後も大切にしたいと思う。

 

校舎内はもちろん、食堂、写真学科のあったアートセンター(通称アーセン)、色々なところで色々な人と話し、色んなことを知った。音楽、アート、小説、映画、漫画、今のあたしを構築しているサブカル要素の基本は日芸で得たと思う。クラブ遊びを覚えてたのも日芸のイベントサークルだった。青山LOOPで開催されるNAGOMIで朝まで遊んで死にそうになりながら所沢校舎に行き、授業が始まるまで学内のベンチ寝ていたこともあった。所沢校舎は駅からバスで15分くらいなんだけど、M本さんという女の子と裸足になって歩いて帰ったこともあった。二丁目のクラブ遊びも新宿ゴールデン街での飲み方を覚えたのもこの頃だった。オコゲの女の子とも歩いて帰って、途中で寄ったスーパーで買ったカニクリームコロッケの美味しさに感動して「ちょっとこのカニクリームコロッケ学割効かないのー?」と話してゲラゲラ笑った日もあった。公の場でカミングアウトしたのもこの頃だった。

 

茨城から所沢に通うのはいささかハードだったから、あたしは派遣のバイトでお金を貯めて大学一年の夏に新所沢で一人暮らしをした。4万の糞みたいなアパートで大家のおばさんがいつも庭の植木に水を撒いてた。
新所沢は小さなパルコとラオックスがある小さい街だった。しょぼくれた商店街と古着屋が二軒だけあった。今はもうないけど、レンレンという多国籍料理屋を見つけて定期的に通ったりもした。サブカルにかぶれた老若男女が集まる良いお店だった。

 

たまに放課後は所沢のプロペ通りに遠征して古着を買いあさって、四川中華を食べて、ブックオフでみこすり半劇場ばかり読んでた。池袋も近かったからよく遊びに行った。
あたしにとって初めて東京を覚えたのはこの頃だった。今はもう遠い記憶だけど、それなりに恋もして充実していたような気がする。

 

もちろん、良いことばかりでもなかった。一人暮らしの生活費は自分で出していたので時給の高い派遣バイトをずっと続けた。更にその派遣会社の内勤のバイトもしてしまったもんだから、ひたすら忙しかった。遊びまわってばかりいたというわけではない。

 

でもあの頃の経験があるからこそ今の自分がいるんだなと本当に思う。末端ではあるけど文筆業を営んでるのも日芸のおかげだ。
3年に進級して江古田校舎に移ったタイミングでTXができたから、また茨城の実家に引っ越してしまった。江古田には何度か足を運んだことがあるが、所沢校舎には大学を卒業してから一度も行ったことはない。12月で所沢校舎が閉鎖になるという。今思うと惜しいことをしたと思う。

 

今は忙しいけど、時間に余裕ができたらまた所沢をゆっくり散歩してみたいと思う。

2Dcolvicsの「2018 BEST SONGs」「2018 BEST ALBUMs」企画に参加しました。

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言わずと知れたHIPHOP新譜情報ブログ「2Dcolvics」さんにおいて毎年開催されている、その年のベストソングとベストアルバムを選ぶ企画に参加しました。

 

blog.livedoor.jp

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今回で二回目の参加となります。声をかけてもらって本当に有り難い。

でもこれってすごっく悩むの。DJになった気分で、今年よく聴いた曲、好きな曲をリストアップするんだけど、それだけで40曲くらい出てきて、そこから半分に絞り込みました。

というかね、就職してこれまでにない忙しさで生きてる実感があって、それでもこんなにちゃんと音楽聴いてるってことにびっくりした。土日が仕事になって、イベントとかもめったに行けなくて。平日の休みもひたすら寝たり、マッサージや鍼に通ったり、自分自身をリバイタライズすることに必死で。でもそのリバイタライズに必要になってるのが音楽だったってだけなんだけど。

そんなわけでSNSやYOUTUBEで色んなアーティストを知って、Spotyfiで聴いて。そんな風に聴いてた曲を絞って並べてみました。良かったら聴いてみてください。

 

基本的にJazzyHipHop中心の選曲になってます。トラックの美しい曲を選びました。
もうnujabesで目覚め、millkboneとNo.IDとPete rockをこよなく愛したオカマの運命<さだめ>なんだと思う。逆に言うとシーンの流行り、特にトラップやサウスノリな曲は本当に疎かったな。一応少な目だけど入ってます。

 

今年はBugseed、呼煙魔、Pigeondust、湯煙bee、illmoreあたりのビートメーカーは本当に当たり年だった。他にもjazadocumentだとかillsugiだとかFReECOolだとか他にももっといるんだけど。呼煙魔なんて本当に茨城の星だと思う。同郷の誇りです。あとiimoreは顔がかわいい。

彼らの曲を目を閉じて聴くとトラックの美しさに本当に心が奪われる。
というわけでyoutube貼るので試しに目を閉じて聴いてみてネ。

 

でもこういう才能ある人たちがまだYOUTUBEでも数千再生しかされてないのはなんか歯がゆい。というわけでも色んな人にこういう企画を通してこんなに素敵な曲を知ってもらえたら嬉しいなって思って参加させてもらいました。

 

個人的にはあっこゴリラちゃんの「余裕」の歌詞は本当に救われた。アルバムリリースおめでとう。あとは狐火さんも入れたかったんだけど、公私に渡って癒着してる印象がもたれがちなのでわざと外しました。観音クリエーションさんもだけど。でもこのお二方は殿堂入りってことで。狐火さんもリリースおめでとう。あと逆にジオラマは脱ジャジーヒップホップって感じがしてよかった。あと元々レイトびいきだってこともあって、あの世界観はしっくりきた。

 

 

本当にライブやイベント行けなくなってしまったけど、逆にリバイタライズするのに音楽を必要とした一年でした。来年はどんな曲に出会えるんでしょう。楽しみ。

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